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大阪地方裁判所 平成7年(特わ)1267号 判決 1996年3月21日

本籍

大阪市旭区清水一丁目一〇六番地

住居

大阪府守口市本町二丁目四番六号

無職

平井龍介

昭和三年六月二四日生

右の者に対する法人税法違反、所得税法違反事件について、当裁判所は、検察官室田源太郎出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役三年及び罰金七〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  大阪府豊中市新千里東町一丁目三番一〇四号に主たる事務所を置き、組合員の取り扱う不動産の共同販売及びあっせん、組合員の福利厚生に関する事業等を目的とする事業協同組合(昭和五八年一二月三一日より払込済出資総額は一四〇〇万円)である千里住宅センター事業協同組合の顧問税理士であったが、同組合の代表理事として同組合の業務全般を統括している野崎實並びに右野崎實から同組合の法人税確定申告手続を依頼された鈴木彰(以下「鈴木」という。)及び岡澤宏(以下「岡澤」という。)と共謀の上、同組合の業務に関し、法人税を免れようと考え、平成四年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における同組合の実際の所得金額が一一億〇五八一万三三二三円(別紙(一)修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が九億〇一五〇万一〇〇〇円(別紙(二)税額計算書参照)で、これに対する法人税額が三億八八一三万九九〇〇円であった(別紙(二)税額計算書参照)にもかかわらず、架空の固定資産売却損を計上するなどの行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成五年二月一九日、大阪府池田市城南二丁目一番八号所在の所轄豊能税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が五六一六万七六五八円、課税土地譲渡利益金額が九億〇一五〇万一〇〇〇円で、これに対する法人税額が一億〇四七三万五五〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定の申告期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙(二)税額計算書記載のとおり、右事業年度の法人税二億八三四〇万四四〇〇円を免れ

第二  被告人は、大阪府豊中市新千里西町二丁目六番一一号に本店を置き、飲食店の経営及び不動産の売買等を営む株式会社丸善(資本の額は三〇〇万円、平成五年九月一三日解散)の代表取締役(同日以降は清算人)として同社の業務全般を統括していた藤井静雄の依頼を受けて同社の法人税確定申告手続に関与したものであるが、右藤井静雄及び右同様に同人から依頼を受けて同申告手続に関与した鈴木と共謀の上、同社の業務に関し、法人税を免れようと考え、平成四年一一月一日から平成五年九月一三日までの事業年度における同社の実際の所得金額が七億二二四五万三七一一円(別紙(三)修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が一五億二九二六万七〇〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)で、これに対する法人税額が四億二二一〇万四五〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)であったにもかかわらず、固定資産売却益の一部を除外する行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成五年一一月五日、所轄前記豊能税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が七八三万五五二一円、課税土地譲渡利益金額が八億一四六五万一〇〇〇円(但し、申告書には誤って七億三九八一万四〇〇〇円と記載)で、これに対する法人税額が八二六六万一一〇〇円(但し、申告書には誤って七五一七万七四〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の法人税確定申告書(平成四年一一月一日から平成五年九月一三日までの事業年度分の解散申告書)を提出し、そのまま法定の申告期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙(四)税額計算書記載のとおり、右事業年度の法人税三億三九四四万三四〇〇円を免れ

第三

一  自己が所有していた不動産を譲渡した藤井好子(平成六年三月八日ころの住所は大阪府箕面市桜ケ丘一丁目六番二七号)から依頼を受け、同人の所得税確定申告手続に関与したものであるが、同人並びに同人から依頼を受けて同申告手続に関与した野崎泰秀、鈴木及び岡澤と共謀の上、右藤井好子の所得税を免れようと考え、別紙(五)修正損益計算書記載のとおり、同人の平成五年分の総合課税の総所得金額が二六一五万〇九一七円、分離課税の長期譲渡所得金額が一四億〇一〇八万六四三六円で、これらに対する所得税額が四億二八五〇万二五〇〇円であった(別紙(六)税額計算書参照)にもかかわらず、譲渡収入の一部を除外するなどの行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成六年三月八日、所轄前記豊能税務署において、同税務署長に対し、平成五年分の総合課税の総所得金額が二一〇一万六七一六円、分離課税の長期譲渡所得金額が一億〇五一五万〇四七六円で、これらに対する所得税額が三七一五万四七〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定の申告期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙(六)税額計算書記載のとおり、平成五年分の所得税三億九一三四万七八〇〇円を免れ

二  自己が所有していた不動産を譲渡した酒井君子(平成六年三月八日ころの住所は大阪府豊中市新千里西町三丁目一六番一五号)から依頼を受け、同人の所得税確定申告手続に関与したものであるが、同人並びに同人から依頼を受けて同申告手続に関与した野崎泰秀、鈴木及び岡澤と共謀の上、右酒井君子の所得税を免れようと考え、別紙(七)修正損益計算書記載のとおり、同人の平成五年分の総合課税の総所得金額が六〇七万五六四〇円、分離課税の長期譲渡所得金額が一〇億五七六三万〇二五七円、退職の所得金額が八九〇万円で、これらに対する所得税額が二億二〇八八万七三〇〇円であった(別紙(八)税額計算書参照)にもかかわらず、前同様の行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成六年三月八日、所轄前記豊能税務署において、同税務署長に対し、平成五年分の総合課税の総所得金額が二三一万四七五三円、分離課税の長期譲渡所得金額が一億一〇八六万三五三九円、退職の所得金額が八九〇万円で、これらに対する所得税額が二〇八八万六七〇〇円(ただし、申告書には誤って二〇八七万六七〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定の申告期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙(八)税額計算書記載のとおり、平成五年分の所得税二億〇〇〇〇万〇六〇〇円を免れ

三  自己が所有していた不動産を譲渡した藤井輝夫(平成六年三月八日ころの住所は兵庫県西宮市北六甲台四丁目一七番一五号)から依頼を受けた野崎泰秀が右藤井輝夫の代理人として同人の所得税確定申告手続に関与したところ、右野崎泰秀、鈴木及び岡澤と共謀の上、右藤井輝夫が右所有不動産を売却したことに関して同人の所得税を免れようと考え、別紙(九)修正損益計算書記載のとおり、同人の平成五年分の分離課税の長期譲渡所得金額が一億九八四八万円で、これに対する所得税額が五九三九万三一〇〇円であった(別紙(一〇)税額計算書参照)にもかかわらず、前同様の行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成六年三月八日、兵庫県西宮市江上町三番三五号所在の所轄西宮税務署において、同税務署長に対し、平成五年分の分離課税の長期譲渡所得金額が八五〇万円で、これに対する所得税額が二三九万九一〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定の申告期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙(一〇)税額計算書記載のとおり、平成五年分の所得税五六九九万万四〇〇〇円を免れ

第四  大阪府吹田市山田東一丁目一九番二七号に本店を置き、タオルの箱詰め並びに不動産の仲介及び売買等を営む村田紙器株式会社(昭和五七年八月一八日より資本の額は四〇〇万円、平成六年一一月二一日解散)の代表取締役(同日以降は清算人)として同社の業務全般を統括していた村田敏から依頼を受けて同社の法人税確定申告手続に関与したものであるが、右村田敏並びに右同様に同人から依頼を受けて右申告手続に関与した竹内哲由紀、鈴木及び岡澤と共謀の上、同社の業務に関し、法人税を免れようと考え、別紙(一一)修正損益計算書記載のとおり、平成六年一月一日から同年一一月二一日までの事業年度における同社の実際の所得金額が八億〇三九八万九〇五二円で、これに対する法人税額が三億〇〇四九万六一〇〇円であった(別紙(一二)税額計算書参照)にもかかわらず、固定資産売却益の一部を除外する等の行為により、その所得を秘匿した上、同年一二月一九日、同市片山町三丁目一六番二二号所在の所轄吹田税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が〇円で、これに対する法人税額が〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書(平成六年一月一日から同年一一月二一日までの事業年度分の解散申告書)を提出し、そのまま法定の申告期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙(一二)税額計算書記載のとおり、同社の右事業年度の法人税三億〇〇四九万六一〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

(注) 括弧内の漢数字は証拠等関係カード検察官請求分記載の証拠番号を示す。

一  被告人の当公判廷における供述

判示第一の事実について

一  被告人の検察官調書〔一二九ないし一三二〕

一  分離前の相被告人野崎實、同鈴木彰及び同岡澤宏の当公判廷における供述

一  野崎實〔一一五、一一七ないし一二三〕、鈴木彰〔一三四、一三五〕、岡澤宏〔一三六、一三七〕、吉村敏夫〔一〇三、一〇四〕、鈴木義憲〔一〇二〕、野崎泰秀〔一〇六〕、野崎久義〔一〇八〕、蛭田かおる〔一〇九〕、妙中英幸〔一一〇〕及び仁後修一〔一一一〕の検察官調書

一  査察官調査書〔九四ないし九九〕

一  証明書〔八七〕

一  「所轄税務署の所在地について」と題する書面〔八九〕

一  法人登記簿謄本〔一一二〕

一  閉鎖された名称・役員欄用紙謄本〔一一三〕

一  土地登記簿謄本〔九〇〕

一  建物登記簿謄本〔九一〕

判示第二の事実について

一  被告人の検察官調書〔二二三、二二四〕

一  分離前の相被告人藤井静雄及び鈴木彰の当公判廷における供述

一  藤井静雄〔二一七ないし二一九〕、鈴木彰〔二二一、二二二〕、酒井君子〔二一〇〕、野崎泰秀〔二一一〕、井上明範〔二一二〕、池上毅〔二一三〕及び藤井啓至〔二一四〕の検察官調書

一  査察官調査書〔二〇六ないし二〇九〕

一  証明書〔一九九〕

一  「所轄税務署の所在地について」と題する書面〔二〇〇〕

一  法人登記簿謄本〔二〇一〕

一  土地登記簿謄本〔二〇二、二〇三〕

一  閉鎖された土地登記簿用紙謄本〔二〇四〕

一  閉鎖された建物登記簿謄本〔二〇五〕

判示第三の事実について

一  被告人の検察官調書〔二八〇ないし二八四〕

一  分離前の相被告人野崎泰秀、同鈴木彰及び同岡澤宏の当公判廷における供述

一  藤井好子〔二六三、二六四、二六六、二六七〕、野崎泰秀〔二七〇、二七二ないし二七四〕、鈴木彰〔二七七〕、岡澤宏〔二七九〕、酒井君子〔二八六、二八八、二八九〕、上村一郎〔二四六〕、藤井静雄〔二五三〕及び柿田ヨシエ〔二五六〕の検察官調書

一  査察官報告書〔二三四〕

一  査察官調査書〔二三五〕

判示第三の一及び二の各事実について

一  「所轄税務署の所在地について」と題する書面〔二三二〕

判示第三の一の事実について

一  分離前の相被告人藤井好子の当公判廷における供述

一  藤井好子〔二六五〕、野崎泰秀〔二七一〕、上村一郎〔二四七〕、藤井宏子〔二四八〕、能方孝子〔二四九〕、近藤良子〔二五〇〕、里山利子〔二五一〕及び藤井康守〔二五二〕の検察官調書

一  査察官調査書〔二三六ないし二四〇〕

一  証明書〔二二九〕

判示第三の二の事実について

一  分離前の相被告人酒井君子の当公判廷における供述

一  鈴木彰〔二七八〕及び宇治田昌弘〔二五四〕の検察官調書

一  査察官調査書〔二四一ないし二四四〕

一  証明書〔二三〇〕

判示第三の三の事実について

一  藤井輝夫〔二五五〕の検察官調書

一  査察官調査書〔二四五〕

一  証明書〔二三一〕

一  「所轄税務署の所在地について」と題する書面〔二三三〕

判示第四の事実について

一  被告人の検察官調書〔一九四、一九五、一九六〕

一  分離前の相被告人村田敏、同竹内哲由紀、同鈴木彰及び同岡澤宏の当公判廷における供述

一  村田敏〔一六九ないし一七四、一七六〕、竹内哲由紀〔一八〇ないし一八四〕、鈴木彰〔一八八ないし一九〇〕、岡澤宏〔一九一ないし一九三〕、三輪道次郎〔一五八〕、村田隆市〔一五九〕、村田長太郎〔一六〇、一六一〕、中山賀壽代〔一六二〕、藤原田鶴子〔一六三〕、池上毅〔一六四〕及び汐崎和志〔一六五〕の検察官調書

一  査察官調査書〔一四三ないし一五七〕

一  証明書〔一三九〕

一  「所轄税務署の所在地について」と題する書面〔一四〇〕

一  商業登記簿謄本〔一四一〕

一  土地登記簿謄本〔一四二〕

(法令の適用)

被告人の判示第一、第二及び第四の各所為は、いずれも平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下「旧刑法」という。)六五条一項、六〇条、法人税法一五九条一項に、判示第三の一及び二の各所為は、旧刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項に、判示第三の三の所為は、旧刑法六五条一項、六〇条、所得税法二四四条一項、二三八条一項にそれぞれ該当するところ、いずれも所定刑中懲役刑及び罰金刑の併科を選択し、以上は旧刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役三年及び罰金七〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

一  本件は、当時税理士であった被告人が、判示のとおり、法人税確定申告手続及び所得税確定申告手続各三件に関与し、合計一五億七一〇〇万円余りもの巨額の脱税を行ったものであって、ほ脱率は各ほ脱税額合計の平均で約八六・四%と高率であり、納税義務に著しく反する重大事案である上、被告人は、税理士でありながら本件脱税に関与したものであって、その刑事責任は重大である。

二  ところで、本件各犯行は、千里住宅センターの事案においては、代表者野崎實個人所有の不動産を鈴木が購入して高額で千里住宅センターに売却し、これを安価で他に売却したかのように仮装し、その旨の契約書を作成することによって約九億円の固定資産売却損を計上したほか、一億円の架空の開発投資損失を計上するという方法により、また、丸善の事案においては、丸善が売却した不動産につき、鈴木が半分の持分を有しているかのように仮装した上、その旨の内容虚偽の和解調書まで作成し、固定資産売却益約七億円を除外するとの方法により、さらに、藤井好子、酒井君子及び藤井輝夫の事案においては、確定申告書上、適宜不動産譲渡収入を一部除外し、架空の不動産譲渡費用を計上したほか、酒井君子については、同人所有の土地を鈴木に対して安価に売却したかのように仮装し、その旨の契約書を作成することにより架空の土地譲渡損失を計上するとの方法により、村田紙器の事案においては、村田紙器が売却した土地につき、鈴木及び岡澤がそれぞれ四分の一ずつの持分を有しているかのように仮装し、その旨の内容虚偽の和解調書を作成することによって六億円の固定資産売却益を除外した上、二億八〇〇〇万円の架空の貸倒損失を計上するという方法によって、それぞれ敢行されたものである。

そこで、右各犯行における被告人の関与の態様について検討するに、被告人は、平成四年四月ころ、鈴木と知り合い、その後鈴木から、同人は税務署に顔が利くので、同人に依頼すれば脱税をしても税務調査を受けることがなく、摘発を受けない旨の話を聞いていたところ、平成四年一〇月ころ、被告人が顧問税理士を務める千里住宅センターの代表者野崎實から、税金を何とか安くしたい旨の依頼を受けて、鈴木を紹介し、その後、平成五年四月ころ、藤井静雄が、同人の経営する丸善の法人税を安くする方法について相談に訪れた際にも、鈴木を紹介し、さらに、平成六年二月には、野崎泰秀から、藤井好子らの所得税を少なくすることに関連して鈴木を紹介するよう依頼され、それまでほぼ面識のなかった野崎泰秀及び鈴木の両者を引き合わせているのであって、このような経過からすれば、被告人は、脱税請負人である鈴木を紹介すれば必然的に脱税の結果を伴うにもかかわらず、被告人に対して税金を安くしたい旨の相談を持ち掛けてきた者らに対し、鈴木を引き合わせて脱税へ誘い込んだものと評価せざるを得ず、その犯情は悪質である。

また、被告人は、千里住宅センター、丸善及び藤井好子らの事案については、野崎實、藤井静雄あるいは野崎泰秀に鈴木を紹介した後も、決算処理を行って確定申告書を作成したのみならず、前記の各犯行方法やほ脱税額についての話し合いに参加し、たとえば、丸善の事案について、鈴木が丸善の土地の半分を共有したいたことに仮装するとの話が出たことに対し、被告人が虚偽の権利関係を作出する上で税務署に納得させるためには公文書を作成する必要がある旨助言したことから鈴木において内容虚偽の和解調書の作成を提案したように、被告人に比べ税務に関する知識の乏しい鈴木に対して、自らの税理士としての知識や経験に基づく助言を行っており、一方、村田紙器の事案においては、被告人は、ほ脱税額や脱税方法の決定自体には関与しなかったものの、鈴木から、被告人の税理士としての知識、経験を頼って脱税への協力を依頼され、決算処理や確定申告書の作成を担当したのみならず、当初鈴木らが考えていた固定資産売却益を除外する脱税方法に従って計算しても、なお多少の所得が残ることを鈴木に伝え、その結果、さらに架空の貸倒損を計上して所得を全部除外するに至ったのであって、被告人の税務知識に基づく助言が脱税方法の決定の上で重要な要素となっており、このように、被告人は、その税理士としての知識を用いて本件各脱税にかかる全ての確定申告書を作成したのみならず、鈴木らに対して税務関係の助言等を行って、本件脱税方法の決定等に対しても強い影響を及ぼしているのであり、以上からすれば、本件各脱税を敢行する上で、税務に関して素人であった鈴木との関係においても、税理士であった被告人の役割は、非常に重要なものであったと言わざるを得ない。

三  さらに、本件各脱税への関与による被告人の利得状況についてみるに、被告人は、千里住宅センターの事案に関与したことにより一〇〇万円、丸善の事案に関与したことにより二五〇万円、藤井好子及び酒井君子らの事案に関与したことにより二〇〇〇万円のいずれも脱税報酬を受領したほか、平成五年及び平成六年の各年末には鈴木から謝礼としてそれぞれ三〇〇万円ずつを受け取り、以上本件各脱税に関与したことにより合計二九五〇万円を利得しているのであって、その犯情は悪質である。なお、被告人は、当公判廷において、右千里住宅センターに関する一〇〇万円は脱税報酬ではない旨供述し、野崎實作成の上申書においても同趣旨の記載があるが、その前年度の千里住宅センターからの報酬は二五万円であって、その四倍に達していること、野崎實は、検察官に対し、右一〇〇万円は脱税に対する報酬であると理解していた旨供述していること(野崎實の検察官調書〔一二一〕、被告人も、検察官に対し、架空取引に見合うよう総勘定元帳を書き直したり、不正な確定申告書を作成した手間賃として前年分よりも多額な一〇〇万円の報酬を請求した旨供述していたこと(被告人の検察官調書〔一三一〕)からすれば、右確定申告が土地重課等の計算を伴うものであったことを考慮しても、一〇〇万円全体として脱税報酬の要素を帯有しているものと評価せざるを得ない。

四  以上のとおり、本件各脱税の規模及び態様、被告人が当時税理士であったこと並びに被告人の関与や利得の状況等に照らせば、被告人の実質的な責任はまことに重大であり、実刑をもって臨むべき事案であると言わざるを得ない。

五  しかしながら、本件各犯行の具体的な脱税工作は、前記のとおり、いずれも鈴木らが中心となって決定し敢行されたものであって、被告人は、専ら鈴木の指示に従い、決められた内容を税理士としての立場から関与したというものである上、本件脱税に伴う報酬は、鈴木と比較するとそれほど多額とは言えないこと、妻を介して藤井好子及び酒井君子に対して前記報酬二〇〇〇万円を返却し、また、公判係属中には、藤井静雄に対して前記報酬二五〇万円を返却したこと、さらに、被告人は、事実を素直に認め、反省していること、これまで前科がないこと、本件逮捕後の平成七年三月三一日、税理士会を退会し、税理士登録を抹消したことなど量刑上被告人に有利な事情も認められる。

六  そこで、以上の事情を総合して考慮の結果、被告人を主文の懲役刑及び罰金刑に処し、懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中正人 裁判官 松下潔 裁判官 増田啓祐)

別紙(一)

修正損益計算書

<省略>

別紙(二)

税額計算書

<省略>

別紙(三)

修正損益計算書

<省略>

別紙(四)

税額計算書

<省略>

別紙(五)

修正損益計算書

自 平成5年1月1日

至 平成5年12月31日

藤井好子

(総所得金額)

<省略>

(分離長期譲渡所得)

<省略>

(分離短期譲渡所得)

<省略>

(総合課税総所得)

<省略>

別紙(六)

税額計算書

<省略>

別紙(七)

修正損益計算書

自 平成5年1月1日

至 平成5年12月31日

酒井君子

(総所得金額)

<省略>

(分離長期譲渡所得)

<省略>

(損益通算)

<省略>

(総合課税総所得)

<省略>

別紙(八)

税額計算書

<省略>

別紙(九)

修正損益計算書

自 平成5年1月1日

至 平成5年12月31日

藤井輝夫

(総所得金額)

<省略>

(分離長期譲渡所得)

<省略>

別紙(一〇)

税額計算書

<省略>

別紙(一一)

修正損益計算書

<省略>

別紙(一二)

税額計算書

<省略>

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